愛でるということ [Wessay]
散策
とある美術館の裏には半自然の森がある。
目的もなく、そぞろ歩くには何の不満もない。
雑木林やせせらぎ、人工池を辿る散策道が所要時間が計算できる程度に延びている。
最初に迎えてくれたのは意外にも、大柄で派手な百合たちだった。
「よくきたね。」
「こんにちは。」
「やあ、ごきげんよう。」
木立の下草に紛れて、名もない花がまるで円陣を組むように木漏れ日に向かって顔を上げている。
「今日はいい天気になったよ。」
「そうだね。木立の中のほうがかえって涼しくていい気分だろうね。」
陽が当たる側の藪の中にはこっそりと真っ赤な実が成っている。
鳥たちにだけ自分の身体を差し出すように・・・
「ごめんね。見つけちゃったよ。でも私は採って食べることはしないからね。」
「もう十分に熟してしまったから、早く食べてほしいんだよ。」
少しだけ標高のある森の中は、7月になってもまだ紫陽花が咲き、蜂や蝶や蜻蛉も飛び交っている。
蛙もしっとりと、そして少しだけひんやりとした紫陽花の葉の上でくつろいでいるようだ。
「ちょうど今朝、小雨が降ってくれたんだよ。いい気分だね。」
羽黒蜻蛉が私の歩く先を道案内でもするようにふわふわと浮かび彷徨っている。
ある程度距離が離れると葉の上に舞い降りる。
それから「いち、に、さん」と数えると、一回だけ羽を広げ、そして閉じる。
ほら、いち、に、さん。
「どうも神経質でね。羽がぴったりと閉じないと嫌なんだ。」
今度は別の蜻蛉が道案内。
でも、いち、に、さん。
「みんなやるんだよ。真似してるわけじゃないんだよ。」
ぴたりと羽を閉じると居住まいがいいんだね。
私もそんなときがあるけれど、どうもみんなとは開き方と閉じ方が違うみたいなんだよね。
そうやって君たちみたいに静然とはいかないね。
「そうなのかい。でも、ぼくたちは何も気にしてないよ。」
「そう。それがいいね。」
燦々と陽のそそぐ水辺には何頭もの蝶が飛び交っている。
飛び回ってばっかりいるように見える。
疲れないのかしらと要らぬ心配をしてみるけど、それこそ何の意味もない。
「飛ぶことなんて、何の苦労もいらないわ。」
「そうだったね。何百キロ、何千キロと飛ぶ仲間もいるんだったね。」
じゃあ、私に与えられた能力はいったい何なのかしら?
飛べるとしたら、一体どれくらい飛べるんだろう。
「君はどう?」
「あぁ気持ちいい。」
行く先は羽に聞いてくれってことだね。
私には問いかける羽がないから、二本の足にでも聞いてみるね。
命って何だろう。イノチ。生命。being...
Human being... Everything being...
ねぇ、ちょっとだけでいいから交代してくれないかな。
そして今度は私を愛でてくれないかな。
You are very wellcome.
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